松山地方裁判所西条支部 昭和50年(ワ)103号 判決 1979年7月16日
原告
小野猛
ほか一名
被告
丸重商事株式会社
ほか四名
主文
一 被告丸重商事株式会社は原告らに対し、原告一名につき各金四九六万四五〇一円及びこれに対する昭和五〇年九月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その一を被告丸重商事株式会社の負担とし、その余は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは原告らに対し、連帯して、原告一名につき各金二四二三万三八七六円及びこれに対する昭和五〇年九月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
1 原告らの請求を全部棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生
原告らの二男である訴外小野清光(以下、清光という。)は、昭和四七年三月二二日愛媛県新居浜市船木檜ノ端国道一一号線上(以下、本件事故現場という。)において、同所を単車に相乗りして東進中、右国道と交差する横道から右折しながら右国道に出てきた訴外飯尾義文が運転する一一トンダンプカー(以下、加害車という。)と衝突し、死亡した(以下、本件事故という。)。
2 責任原因
(一) 被告丸重商事株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであり、自賠法三条により本件事故による損害を賠償する責任がある。
(二) 被告青野市太郎、同青野重馬、同青野節夫、同高橋延男は被告会社の取締役であるので、被告会社に代つて事業を監督するものに当るところ、被告会社の被用者である前記飯尾は、被告会社の事業の執行中に、右方の安全不確認のまま道幅約四メートルの横道から前記国道に飛び出し、被害単車が接近するまで同車に気づかず、優先道路を進行してくる被害単車の進行を妨害した過失により本件事故を惹起したものであるから、右被告らは、民法七一五条、七〇九条により本件事故により生じた全損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 清光の逸失利益 金四一〇七万七七五三円
清光は、本件事故がなければ一八歳から六七歳まで就労しえた筈であり、その間初任給のまま終始すると考えるのは不合理なので、年齢に応じて毎年平均給与があがるものとし、財団法人日弁連交通事故相談センター発行の「交通事故損害額算定基準(昭和五二年四月六訂版)」に掲載の年齢別平均給与額(同書六一頁)を基礎とし(但し、一八歳より二〇歳まではその当時の平均給与額とする。)、その生活費は、三〇歳から五九歳までの一家の支柱であると考えられるので収入の三割とし、一八歳から二九歳までと六〇歳から六七歳までは収入の五割として、年五分の割合による中間利息をホフマン式により控除して、年齢毎の年間逸失利益の昭和五三年三月末における現価を合計すると、別紙(一)のとおり金四一〇七万七七五三円となるから、同額の得べかりし利益を失つた。
(二) 清光の慰藉料 金七〇〇万円
清光の事故死による慰藉料としては単身者であることを考え、金七〇〇万円が相当である。
(三) 葬祭費 金三九万円
以上合計金四八四六万七七五三円
4 よつて、原告らは清光の父母であり、その相続人であるから、清光の有する損害賠償請求権の二分の一宛を相続により取得し、かつこれに固有の損害分を加算して、原告一名につき金二四二三万三八七六円の賠償請求権を有するので、被告らに対し、連帯して、右金員とこれに対する訴状の最終送達の翌日である昭和五〇年九月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、原告主張の日時場所で原告主張の衝突事故があり清光が死亡したことは認めるが、清光が相乗りしていたとの点は否認する。清光は被害単車の運転者である。
2 同2の(一)の事実は認める。
同2の(二)の事実中、原告主張の被告らが被告会社の取締役であることは認めるが、その余は否認する。
同 3の事実は知らない。
同 4の事実中、原告らが清光の父母でかつその相続人であることは認める。
三 抗弁
1 免責の抗弁
加害車の運転者飯尾は、原告主張の日時及び交差点で国道一一号線に右折のため進入する際、一旦停止のうえ右方の安全を確認したところ、進行してくる車両をみなかつたので、右折完了前に危険の発生する余地は全くないものと考えて、そのまま進入を続けたところ、被害単車が時速一〇〇キロメートルの猛スピードで走行してきたため、本件事故が発生したものであり、かかる場合、右のような異常な速度違反まで予期しなければならないという注意義務は、考えられないところであるから、本件事故は、被害単車の運転者である清光の一方的過失に起因するものである。
2 過失相殺の主張
仮に、右主張が認められないとしても、被害者の清光にも前記過失があり、その過失割合は八割以上と言うべきである。
3 損害の填補
原告らは、昭和四八年三月二五日、自賠責保険から金五〇〇万五六〇〇円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1、2の事実は否認する。被害単車の速度は制限速度内の時速六〇キロメートル以下である。
2 同3の事実は認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生
清光が、昭和四七年三月二二日、本件事故現場の国道一一号線上において、単車に乗つて東進中、右国道と交差する横道から右折しながら右国道に出てきた飯尾の運転する加害車と衝突し、死亡したことは、当事者間に争いがない。証人宇都宮肇の証言によれば、清光が右単車を運転していたことが認められ、これに反する証拠はない。
二 被告会社の責任及び過失相殺
被告会社が、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。
被告会社は、本件事故は、加害車の運転者飯尾に過失はなく、被害単車の運転者である清光の一方的過失に基づくものであるから、被告会社は損害賠償責任を免れるものであり、仮にそうでないとしても、右清光には本件事故につき八割の過失があるから、損害額算定に当り過失相殺されるべきである旨主張する。
弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、成立に争いのない甲第二号証、乙第一号証、証人河端勲、同真鍋和子の各証言によれば、
1 本件事故現場は、東西に延びる幅員八・三メートルの舗装された国道と、右国道に対して北側に延びる幅員四・三メートルの非舗装の道路(以下、北側道路という。)との交差点で、事故現場付近の国道は直線道路で、右北側道路の交差点入口で右方(西側)の国道上を見た場合、約三〇〇メートルは十分見通すことのできる見通しのよい交差点である。なお、事故現場付近の国道は、東方面に向けて一〇〇分の一の上り勾配になつている。
2 右交差点は、交通整理が行なわれていないが、国道上に中央線が設けられており、国道が道路交通法上の優先道路である。
3 加害車は、車高二・九五〇メートル、車幅二・四六〇メートル、車長七・四六五メートルの大型貨物自動車(一一トン車)であり、被害単車は、排気量七五〇CCの自動二輪車である。
4 加害車の運転者飯尾は、前記北側道路を国道に向つて進行し、右交差点の入口で右折のため一時停止をし、暫く国道上の交通の途絶えるのを待つたあと、車が途切れたので、時速約四キロメートルで発進を始め、左方をみながら右にハンドルを切つて進行したが、加害車の先端が国道の中央線付近まで進んだところで、右方でキーという車の異常音がしたため、右方を見て、初めて被害単車がかなりの速度を出して進行して来るのを発見し、急ブレーキを踏んで停車した。被害単車は、加害車右側の前輪と中間の車輪との間、すなわち運転席と荷台の間に衝突してめり込んだ。右交差点入口から発進して停車するまでの間、加害車は約六メートル進行しており、その間約七・八秒かかつた。このように低速で発進し、右折に時間がかかつたのは、加害車が大型貨物自動車だからである。
5 被害単車は、本件事故現場の手前約六〇〇メートル乃至一キロメートルの地点にある枯松バス停留所付近で、時速五〇キロメートルで進行していた普通貨物自動車をかなりのスピードで追い越し、その後更に加速して進行し、本件事故現場の手前で急ブレーキをかけたが、間に合わず、前記のとおり衝突したもので、国道上には実測三三メートルの一条の鮮明なスリツプ痕が残されており、衝突地点は右スリツプ痕の延長線上にあるが、衝突地点の手前六・二メートルの地点でスリツプ痕はうすく途切れている。被害単車には清光の友人訴外白石重臣が相乗りしていたが、二人とも右衝突により死亡した。
以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。なお、飯尾が被害単車を初めて発見した際の被害単車の位置については、前記乙第一号証によれば、飯尾はその約五〇メートル右方の地点と供述しているけれども、前記甲第二号証によれば、同人は右距離を五、六メートルとも供述しており、供述自体大きく齟齬する。しかしながら、前記のとおり飯尾は被害単車の異常音で始めて被害単車に気づいたものであり、右異常音というのは飯尾の表現からすれば被害単車のブレーキ音と推認されるから、前記スリツプ痕に照らせば、飯尾は早くともスリツプ痕のつき始めた地点、すなわち、衝突地点から西方三九・二メートル付近にいる被害単車に初めて気づいたものと認められる。また、前記乙第一号証によれば、飯尾は発進前に右方の安全を確認した旨供述しているが、そうとすれば、前記のとおり同人の右方は約三〇〇メートルは見通せるのであるから、同人が被害単車を発見した地点まで約二六〇メートル被害単車が進行する間に、飯尾は約四メートルないし六メートル進行したことになるが(右乙第一号証には、飯尾は、被害単車を発見するまで約四メートル進行し、被害単車を発見して停車するまで更に約二メートル進行した旨の実況見分の結果が記載されているが、前記のとおり同人は発見と同時に急ブレーキを踏んでおり、時速四キロメートルの低速であれば発見と同時に停車できた筈であるから、停車地点をもつて被害単車を発見した時の加害車の位置と認める余地もあるので、飯尾が被害単車を発見するまで進行した距離は四ないし六メートルとする。)、そうすると、被害単車は時速一〇〇キロメートルを遙かに超える高速で進行したことにならなければならず、後記認定の被害単車の速度とも明らかに矛盾するのであつて、飯尾の右供述は到底措信しがたく、発進の際の右方の安全確認は不十分であつたと認めざるをえない。
ところで、被害単車の速度について、被告会社は時速一〇〇キロメートルの高速であつたと主張する。なるほど、証人河端勲の証言及び成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一ないし三には、被害単車の速度を時速一〇〇キロメートル程度であるとする供述ないし記載があるが、右供述等は必ずしも科学的根拠を示したうえでなされたものではなく、とくに証人河端勲の供述は、同証人の供述する距離関係と速度とが計算上矛盾するのであつて、いずれにせよ右供述等は直ちに採用しがたく、他に被告会社のこの点の主張を認めるに足る証拠はない。しかしながら、前記スリツプ痕等の状況、とくに被害単車にとつて上り勾配の道路であるにも拘わらず、このようなスリツプ痕が残されていることや、衝突時の被害単車の状況等から窺われる衝撃の程度に加えて、右各証拠及び証人宇都宮肇、同真鍋和子の各証言を総合すると、被害単車の速度は、厳密に算出することはできないけれども、一見して、法定速度である時速六〇キロメートルを超え、危険を感じさせるようなかなりの高速度であつたものと認められ、これに反する証拠はない。
そこで、かかる事実関係を前提に飯尾の過失を検討すれば、前記のとおり、飯尾は、発進の直前及び発進後被害単車を発見するまでの間を含めて、発進に際し、右方の安全確認を怠つた過失があり、加えて、被害単車の進行する国道が優先道路であるのでその進行を妨害してはならない注意義務があるのにこれを怠つた過失があるものといわざるをえないから、到底無過失であるとは言えず、被告会社の免責の抗弁は、その主張が自賠法三条但書の要件を一部欠く不十分なものである点を除いても、失当たるを免れない。そうすると、被告会社は、自賠法三条に基づき、本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
しかしながら、前記認定の事実によれば、清光の方にも、法定速度を遵守するのは勿論、前記国道は清光にとつても見通しがよく、加害車が北側道路から発進して自車進路上にゆつくり進行して来るのを事前に確認できた筈であるから、直ちに減速して加害車との衝突を避けるべき注意義務があつたのに、前記のとおり、法定速度を上廻るかなりの高速で進行して減速するのが遅れたもので、この点において清光にも過失があるものといわざるをえず、その過失割合は、前記飯尾の過失と対比するとき、四割と認めるのが相当である。
三 損害
1 清光の損害
(一) 逸失利益
原告小野猛本人尋問の結果によれば、清光は昭和二九年一一月二〇日に出生し、当時一七歳の高校二年生であつたことが認められ、これに反する証拠はない。そこで、逸失利益の算定にあたつては、原告の主張するとおり、清光は事故時から一年後の一八歳から六七歳までの間就労し、事故時を基準に二年後から毎年前一年分の収入を取得するものとし、その収入の算定にあたつては、一八歳から二〇歳までは、賃金センサス昭和四八年度(一八歳)、四九年度(一九歳)、五〇年度(二〇歳)の各第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年齢別平均給与額の右年齢に対応する額を基準とし、二一歳以降の収入については賃金センサス昭和五〇年度の右平均給与額を一・〇四四倍して作成された自動車損害賠償責任保険損害査定要綱(昭和五二年四月一日実施)の別表年齢別平均給与額(原告主張の財団法人日弁連交通事故相談センター発行の「交通事故損害額算定基準(昭和五二年四月六訂版)」に掲載されている。)の当該年齢に対応する額を用いることとするが、清光の生活費はその収入の五割とみるのが相当であり、また、中間利息は清光のように稼働可能年数が非常に長期に亘る場合にはライプニツツ式係数をもつて控除するのが相当である。そこで、以上の算定基準により、年収額からその生活費及び中間利息を控除すると、清光の逸失利益は、事故時を基準として、別紙(二)のとおり金一九〇九万一〇〇六円と算出され、同額の得べかりし利益を失つたものと認められる。
(二) 慰藉料
清光の本件事故死による慰藉料としては、前記本件事故の態様等一切の事情(但し、清光の過失の点を除く。)を考慮すると、金五五〇万円をもつて相当と認める。
2 原告ら固有の損害
葬祭費
原告小野猛本人尋問の結果によれば、原告らが清光の葬儀費用として約金五〇万円を支出したことが認められるが、このうち金三〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当であり、原告らは各その二分の一の損害をこうむつた。
3 過失相殺
以上の損害については、清光に前記過失があるので過失相殺さるべきであるから、被告会社はその六割の損害額につき支払義務を負担することとなる。
4 損害の填補
原告らが昭和四八年三月二五日自賠責保険から金五〇〇万五六〇〇円の支払を受けたことは、当事者間に争いがないので、以上の損害額から右金員を控除する。
5 そうすると、原告らが清光の父母で同人を相続したことは、当事者間に争いがないので、原告らは、清光のこうむつた損害の二分の一宛を相続により取得し、かつこれに固有の損害分(葬祭費)を加算して、原告一名につき、次のとおり被告会社に対し金四九六万四五〇一円の損害賠償請求権を有することとなる。
{(1909万1006円逸失利益+550万円慰藉料+30万円葬祭費)×0.6過失割合-500万5600円}×1/2=496万4501円
四 被告会社を除くその余の被告の責任
被告会社を除くその余の被告らが被告会社の取締役であることは、当事者間に争いがない。原告は、このことから、右被告らが被告会社に代つて事業を監督するものに当る旨主張し、これを前提に、被用者飯尾の本件事故による損害につき右被告らの使用者責任を主張する。
しかしながら、民法七一五条二項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは、客観的に見て、使用者に代り現実に事業を監督する地位にある者を指称するものと解すべきであり(最高裁判所昭和三五年四月一四日判決民集一四巻五号八六三頁、最高裁判所昭和四二年五月三〇日判決判例時報四八七号三六頁参照)、したがつて右被告らをもつて同条項にいう代理監督者であるとするためには、右被告らが被告会社の取締役であつたというだけでは足りず、右被告らが現実に右被用者である飯尾の選任又は監督をなす地位にあつたことを、その責任を問う原告らにおいて主張立証しなければならない。ところが、原告らはかかる具体的事実について何らの主張もしないし、又首肯しうる証拠もない。
よつて、被告会社を除くその余の被告らに対する請求は、その余について判断するまでもなく、失当たるを免れない。
五 結論
以上により、原告らの本訴請求は、被告会社に対し、原告一名につき金四九六万四五〇一円とこれに対する本訴状の最終送達の翌日であること記録上明らかな昭和五〇年九月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては、理由があるから、この限度でこれを認容するが、被告会社に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、失当として全部棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井正子)
別紙(一) 原告ら主張の逸失利益計算書
<省略>
別紙(二) 逸失利益現価計算表
<省略>